デザインリサーチ後の情報の迷子を防ぐ!アフィニティ図でユーザー理解を深めるステップ
はじめに:集めた「声」をどう活かすか
デザインリサーチに取り組んだ際、ユーザーインタビューや観察などで多くの情報、特に「ユーザーの声」や「行動の断片」といった定性情報が集まります。これらの情報は、ユーザーの本音や潜在的なニーズを知る上で非常に価値のあるものですが、集めただけではその全体像や重要な示唆(インサイト)が見えてこないことも少なくありません。
集まった大量の定性情報を効果的に整理・分析し、デザインの次のステップへとつなげるためには、適切な手法を用いることが重要です。この記事では、デザインリサーチ初心者の方に向けて、定性情報を構造的に整理・分析するための基本的な手法の一つである「アフィニティ図」について、その目的、作り方、そして実践のポイントを分かりやすく解説します。アフィニティ図を活用することで、集めたユーザーの声を単なる情報の羅列から、意味のある洞察へと昇華させることができるようになります。
デザインリサーチにおける「定性情報」とは
デザインリサーチで扱う情報には、大きく分けて「定性情報」と「定量情報」があります。
- 定量情報: 数値やデータで測れる情報です。例えば、ウェブサイトのアクセス数、購買率、アンケートの選択肢回答の割合などがあります。「どれくらい」「いくつ」といった量を把握するのに適しています。
- 定性情報: 数値では表せない、ユーザーの意見、感情、経験、行動の理由などに関する情報です。ユーザーインタビューでの発言、観察記録、日記調査の記述などがこれにあたります。「なぜ」「どのように」といった背景や文脈を深く理解するのに適しています。
アフィニティ図は、この定性情報を扱うための強力なツールです。ユーザーインタビューの議事録、観察フィールドノート、自由記述式のアンケート回答など、言葉や文章で得られた情報を対象とします。
なぜ定性情報の整理・分析が必要なのか?
定性情報は非常に豊かで示唆に富みますが、そのままでは全体像を掴みにくく、解釈が属人的になりがちです。これを整理・分析する必要があるのは、主に以下の理由からです。
- パターンや傾向の発見: 個々のユーザーの発言や行動は断片的ですが、複数の情報を見比べることで、共通する課題、ニーズ、行動パターンなどが見えてきます。
- 重要なインサイトの抽出: パターンの中から、デザインによって解決すべき本質的な課題や、新しい機会につながるような深い洞察(インサイト)を見つけ出すことができます。
- チームでの共通理解: 集めた情報を構造化し、可視化することで、リサーチを行った担当者だけでなく、チーム全体でユーザー理解を共有し、議論の土台とすることができます。
- 次のアクションへの接続: 明確になった課題やインサイトに基づいて、ユーザーペルソナの作成、カスタマージャーニーマップの改良、解決策のアイデア発想など、具体的なデザインアクションへとスムーズにつなげることが可能になります。
アフィニティ図(KJ法)とは?
アフィニティ図(Affinity Diagram)は、KJ法(文化人類学者の川喜田二郎氏によって考案された手法)の一部として知られる、KJ法のA型図解に相当する手法です。大量の断片的な定性情報をカード化し、それらを類似性や関連性に基づいてグループ化することで、情報の構造を明らかにし、隠れたパターンや重要な論点を見つけ出すことを目的とします。
特徴としては、個人がバラバラに収集した情報を持ち寄り、集団で作業を行うことで、多様な視点を取り入れながら合意形成を図りやすい点が挙げられます。
アフィニティ図の作成ステップ
ここでは、一般的なアフィニティ図の作成ステップをご紹介します。チームで協力して行うことを想定しています。
ステップ1:準備(収集した情報のカード化)
リサーチで得られた生の情報(インタビューでのユーザーの発言、観察で気づいたことなど)を、1つの情報につき1枚のカード(付箋など)に具体的に書き出します。
- ポイント:
- 1枚のカードには1つの事実や意見のみを記述します。複数の内容を含めないようにします。
- 抽象的な表現ではなく、ユーザーの具体的な言葉や行動を記録します。可能であれば、誰の発言か(匿名でもIDなど)、どの文脈での発言かなども小さく書いておくと後で参照しやすくなります。
- なるべく簡潔に、かつ後で見て内容を思い出せるように記述します。
ステップ2:グルーピング(類似情報の集約)
書き出したカードを、広い壁や机にランダムに貼り出します。参加者全員で、言葉を発さずに(サイレントで)カードを読み込み、類似していると思われるカードや関連性の高いカードを物理的に近くに移動させて、グループを作っていきます。
- ポイント:
- 最初は厳密な分類を考えすぎず、直感的に「これは似ているな」「関連がありそうだな」と感じるものを集めます。
- 1つのカードが複数のグループに関連する可能性もありますが、最初は最も関連の深いと思われる1つのグループに入れます。後で移動させることも可能です。
- グルーピングは複数回行うことがあります。一度グループができても、別の視点から見直して再編成することもあります。
ステップ3:見出しの作成(グループの要約)
できたグループに、そのグループ全体の内容を最もよく表すような見出しカードをつけます。最初は仮の見出しでも構いません。見出しは、グループ内のカードをすべて包含するような、抽象度を少し上げた表現にします。
- ポイント:
- 見出しは、グループ内のカードを眺めながら、そのグループが「何を語っているのか」を表現します。
- 具体例の羅列ではなく、そこから読み取れる共通のテーマや課題、ニーズなどを表現する見出しが理想的です。
- 見出しを考える過程で、グループの分け方が不適切だと気づくこともあります。その場合は、ステップ2に戻ってグルーピングをやり直します。
ステップ4:構造化(グループ間の関係性、階層化)
作成したグループとその見出しを眺め、グループ間の関連性や階層構造を考えます。例えば、「特定の課題」に関するグループが複数あり、それらが「より大きな問題」の下位要素である、といった関係性が見つかるかもしれません。関連性の強いグループを物理的に近くに配置したり、より大きなまとまりを作るために上位の見出しをつけたりします。
- ポイント:
- ここで情報の全体像が見え始めます。どのテーマの情報が多いか、どのテーマ同士が関連しているかなどが明らかになります。
- 矢印などでグループ間の因果関係や影響関係を示すこともあります。
- この構造化を通して、ユーザーの抱える問題やニーズの全体像、あるいは特定のテーマに関するユーザーの状況をより深く理解できます。
ステep5:インサイトの抽出(気づきや示唆の発見)
整理・構造化されたアフィニティ図全体を俯瞰し、ユーザーの行動や思考、隠れたニーズに関する重要な気づきや示唆(インサイト)を抽出します。これは、単に情報をまとめただけでは見えなかった、デザインの方向性を決定づけるような発見であることが多いです。
- ポイント:
- インサイトは、単なる事実の羅列ではなく、「〇〇という状況のユーザーは、△△という理由から□□のように行動する。これは、Zという潜在的なニーズがあることを示唆しているのではないか?」といった、ユーザー理解に基づいた解釈や推測を含みます。
- なぜそのインサイトが得られたのか、アフィニティ図のどの部分がその根拠となっているのかを明確に説明できるようにすることが重要です。
アフィニティ図作成のポイントと注意点
アフィニティ図を効果的に作成するための実践的なポイントをいくつかご紹介します。
- 物理的なスペースを確保する: 大量のカードを並べ替えたり、グループ間の関係性を見たりするためには、広い壁や机が必要です。オンラインツールもありますが、最初は物理的な付箋を使うと、直感的でチームの共同作業もしやすいでしょう。
- 複数人で実施する: 異なる視点を持つ複数人で行うことで、より多角的で豊かな解釈が可能になります。2〜5人程度がおすすめです。
- 時間を区切る: 特にグルーピングの段階では、時間を決め集中して行うことで、迷いを減らし、直感を活かすことができます。
- 「正解」を求めすぎない: アフィニティ図は、情報を整理し、チームで議論し、インサイトを見つけるための一つの手段です。厳密な科学的分類ではなく、あくまで「現時点で最も意味がありそう」「この分け方で議論が深まりそう」という観点で進めます。後から見直し、修正することも可能です。
- なぜそうグループ分けしたのかを話す: 見出しをつけたり、構造化したりする際に、なぜそのように考えたのかをチーム内で共有し、議論することで、理解が深まります。
- 写真に残す: 作業の途中経過や完成形を写真に撮っておくと、後で見返したり、ドキュメントに残したりする際に役立ちます。
アフィニティ図を次のステップに活かす
作成したアフィニティ図とそこから得られたインサイトは、それ自体がゴールではありません。これを活用して、初めてデザインリサーチが価値を発揮します。
- ユーザーペルソナの作成・改善: グループ化されたユーザーの課題やニーズを基に、よりリアルで深いユーザーペルソナを作成したり、既存のペルソナをアップデートしたりできます。
- カスタマージャーニーマップの作成・検証: ユーザーの特定の状況や行動の流れに関する情報を整理し、カスタマージャーニーマップを作成・検証することで、どの段階に課題があるのか、どのような体験を提供すべきかが見えてきます。
- 課題定義の明確化: 構造化された情報から、ユーザーが本当に困っていること、解決すべき本質的な課題を明確に定義できます。
- アイデア発想(アイディエーション): 明確になった課題やインサイトを基に、具体的な解決策や新しい機能・サービスに関するアイデアをブレインストーミングします。アフィニティ図は、アイデアの種を見つけ、発想を刺激する源泉となります。
- ステークホルダーへの共有: リサーチ結果を分かりやすく構造化して示すことで、プロジェクトメンバーだけでなく、経営層や他部署のステークホルダーに対して、ユーザー理解の重要性やデザインの方向性を効果的に伝えることができます。
まとめ
デザインリサーチで収集した定性情報は、ユーザー理解のための宝庫です。しかし、その価値を最大限に引き出すためには、適切な整理・分析が不可欠です。アフィニティ図は、大量の定性情報を構造化し、パターンやインサイトを見つけ出すための強力で実践的な手法です。
記事で紹介したステップとポイントを参考に、ぜひ実際にアフィニティ図を作成してみてください。最初は戸惑うこともあるかもしれませんが、繰り返し実践することで、ユーザーの声の裏に隠された真実を読み解く力が養われ、より根拠に基づいたデザイン判断ができるようになるはずです。
アフィニティ図はあくまで数ある分析手法の一つです。経験を積む中で、目的に応じて様々な手法を使い分けられるようになると、デザインリサーチの幅はさらに広がります。この記事が、デザインリサーチの次のステップである「分析」への第一歩となれば幸いです。